季節を分ける日に

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《 2018年2月3日午後9時28分 +9時間後 日本では春が立つ 》

鬼を身近に感じながら育ってきた
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粗く積み上げられた石段は “鬼の石段”と語り継がれ
あちこちに“鬼の仕業”を目にし “鬼と呼ばれた存在”に想像を巡らせながら育ってきた
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息を切らして登り詰めた先で 鬼を懲らしめた不動明王や大日如来さまに出会える所

(上2枚はネットからお借りした熊野磨崖仏の写真)

粗い仕上がりは全て鬼のせいにしているらしい
子供心にも容易く理解できる昔語りだった
「異国から流れつき山中に棲んだ人を鬼と呼んだのかもしれないね」母はそう話してくれた

確かに紅毛碧眼の大柄な人々と関わる事の多い今 母の説明は妙に腑に落ちる.........
圧倒的な体格の違いは感じながらも 溢れる優しさも知っている
困った時は必ず手を差し伸べてくれる“大きい人 ”
鬼 なんかじゃない! 困った存在だったのは言葉が通じなかったからじゃない?

※ 豆撒き 節分 についての一節をWikipedia から引用した

 厄払いのために、普段と違う服装で社    寺参拝を行う。いつもと違う扮装をすれば、魔を追い払うことが出来る、と信じられたことから始まったもの。

東京の浅草、四ツ谷、京都の花街、大阪の北新地などでは、芸者やホステスが、通常の芸妓衣装ではない、様々な扮装をする。※

え? だとすると ハロウィンで街に繰り出したワカモノ達は 今日こそ出番じゃないのかなぁ??


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店先に並んでいた煎り大豆を買ってみた

結局 今夜も   「鬼は〜外〜〜!!........」とは言えないのに

ましてや 太巻き寿司にかぶりつき一気に食べる なんとことはしません 絶対に

日本中を大寒波が襲っている今 窓や扉を開け外気を取り入れる?

日本昔話的な“爺さん婆さん”の年齢になって気付いたことあれこれ

お正月様を迎える為 と障子の桟を洗い張り替えて家中を清める

爺さん婆さん2人で餅こをつく まるで老々介護を見通した昔話だなぁ 

等々 

伝統行事の多くはかなり自虐的•マゾヒスティックだなあ..........と

素直じゃない私はブツクサ考えている

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今夜は 大切な器に煎り大豆を盛り ポリポリ頂くだけになりそう

食べ物を投げる........なんて やはり できそうに無いので

多過ぎて もう歳の数なんて とても頂けません

少なめに盛っています

                   

あ!数えてる??   

コラコラ!!退場〜〜っ!!!(^。^)






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by mother-of-pearl | 2018-02-03 08:43 | 日々の出来事 | Trackback | Comments(0)
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